妊婦とアレルギー
妊婦とアレルギー
症例は、28歳女性、1歳よりアトピー性皮膚炎、3歳より気管支ぜんそく, 7歳からスギ花粉症。
私; それはおめでとうございます。
患者; 先生にお聞きしたい、いろいろな心配事があります。
私: どうぞ順番にご質問下さい。
患者: 何よりも赤ちゃんのことが心配です。妊婦が動物性たんぱく質を摂取しないと、生まれてくる赤ちゃんにアレルギーの病気がでないということを聞いたことがありますが、本当ですか?
私: 10年から20年前には、そのような極端なことを主張する人たちがいました。しかしながらその後のスウェーデンを中心とした、世界中のデータを見る限りでは、そのようなことは証明されていません。
患者: それでは、好きなものを食べたいだけ食べてよいのですか?
私: 残念ながらそういうわけにはいきません。特定の食品を妊娠中に多量に毎日摂取したりすると、例えば牛乳を水代わりにガブガブ飲んだり、卵を毎日3つずつ食べたり、極端なことをすると、子宮内感作という現象が起きる可能性があります。
患者; それは何ですか?
私; 臍帯の血管を通して妊婦の食べた食品の1部は、胎盤を通過して胎児に到達します。もし胎児にその食物に反応するアレルギー体質があれば、子宮内でアレルギーを起こす体質を獲得してしまう可能性があります。
患者; それはよく起こる現象ですか?
私; 心配しないでください。すべての人に起きるのではなくて、特定の体質を持った人たちが、異常に大量の動物性たんぱくを持続的に摂取するとそのような現象が起きる可能性があるということです。例えば牛乳を水代わりにガブガブ飲んだり、卵を毎日3つずつ食べたり、極端なことをすると、リスクは高まりますよ。
患者: そうすると、妊婦は牛乳や卵を一切摂取してはいけないという人たちがいますが、それは間違っているのですね?
私: 非常に良い質問です。牛乳や乳製品は、カルシウム源として非常に重要です。確かに牡蠣殻カルシウムや、小魚などを食べればその中にカルシウムは含まれていますが、吸収が悪いのです。カルシウムはタンパク質と結合していると非常に効率よく取り込まれます。したがって牛乳や乳製品は、この点では理想的といえます。もし妊婦が全く牛乳や乳製品を摂取しないと、胎児の骨に必要なカルシウムは、妊婦の骨や歯を溶かすことにより供給されます。更年期以後の骨粗鬆症のことを考えると、妊娠中には差し支えない程度の牛乳や乳製品を摂取することが理にかなっているといえます。
患者: どのくらい飲んで良いのですか
私; 妊婦や胎児を対象としたコントロールスタディーはもちろんありませんので、経験的なものですが、牛乳を1日に200-300mlが一般的な目安です。ヨーグルトを食べるならば、その分牛乳を減らすとよいでしょう。
患者; 卵はどうですか?
私: 牛乳と異なり、卵はそれ自体が完全な栄養源ですが、もし食べなくても、他の蛋白源例えば大豆製品、魚、肉などを食べることにより問題なく補えます。したがって卵及び卵製品は十分に加熱したものを、卵に換算して1週間に2ー3個くらいというのがひとつの目安です。
患者: 栄養の問題はわかりました。次の質問です。私自身が複数のアレルギーの病気で苦しんできているので、生まれてくる子供も私と同じようなアレルギーの病気を持つかどうかがとても心配です?
私: あなたのご心配はよくわかります。アレルギーと遺伝について、ひとつのわかりやすい例をお示しましょう。
遺伝子、つまりDNAが全く同じ人間がいるということを知っていますか?
患者: ??
私: 一卵性双生児です。一卵性双生児の一方が喘息であったと場合、他方も喘息であるという組み合わせは、この半世紀の世界のいかなる医学統計を見ても、一致率は50-60%にすぎません。このことは遺伝だけでなく、生まれてきてからの環境因子との絡み合いで、アレルギー性疾患が出てくると考えられます。
患者: それでは私の場合、赤ちゃんの遺伝子の半分は父親、半分は私ですから、私と体質が完全に同じであるということは少ないわけですね。
私: その通りです。 ですから、この時点で過度に不安になる必要はありません。
患者: 次に心配なのはお薬です。私は現在、喘息のために吸入ステロイド薬、アレルギー性鼻炎のために第2世代の抗ヒスタミン薬、 アトピー性皮膚炎のためにステロイド外用薬を使っています。これらの薬は赤ちゃんに影響を与えるのでしょうか。
私: まず一般論からご説明しましょう。妊娠4週5日から妊娠7週末までは絶対過敏時期といわれます。この時期は赤ちゃんの原型である胚は非常に敏感であるために、薬物は細心の注意をして使用されるべきです。
患者: それでは私は全部お薬をやめなければいけないのですか?
私: それではひとつひとつの病気について考えてましょう。まず今述べた原則は内服薬について適用されると考えてください。
喘息で使用される吸入ステロイドについてはまず問題がないということが知られています。表にはNIHのガイドラインを示します。これを見てお分かりのように吸入ステロイドは安全に使用できるということが示されています。
妊婦の喘息がきちんとコントロールされていないと、妊娠中に喘息発作が悪化した場合には、胎児への酸素補給も不良となり、胎児の発育に重大な問題を起こしかねません。したがって妊婦の喘息は基本的には吸入ステロイドを使用し、きちんとコントロールすべきといえましょう。
気管支喘息の治療によく使用されるβ2刺激薬は子宮筋も拡張するために、早産防止に使われる場合もあります。妊婦にとって安全な薬といえましょう。
患者:アレルギー性鼻炎の場合はどのようにしたらよいのでしょうか。私はスギ花粉の時期が非常に心配です。
私: 基本的には、点鼻、点眼薬を中心に治療すると良いと思います。どうしてもつらい場合に、上記の絶対安静期以外の時期では、表1にあるような抗ヒスタミン薬を使っても良いと思われます。ガイドラインではステロイド点鼻薬が記載されています。個人的にはクロモグリク酸点鼻薬(インタール)は良く使用します。
患者: アトピー性皮膚炎の治療に使っているステロイド外用薬はどうしたらよいのでしょうか?
私: 吸入ステロイドと同じように考えてください。皮膚にぬったステロイドは、体の中に吸収されます。しかしながらステロイドは、それ以外のお薬のように体にとって異物ではなく、体の中で産生されているステロイドホルモンと同じような物質です。妊婦のアレルギーの病気、例えば喘息だけでなく、リューマチなどの病気でもこれらの病気が急に悪化した場合には、ステロイドの内服薬を使うことにより、問題なく妊娠を継続することができるのです。したがって、吸入ステロイドやステロイドの塗り薬は、安全に使用されるといえます。
逆に余りに怖がるあまり、これらの薬を十分に使用しないと、アレルギーの病気自体が悪化し、そのために妊婦がつらいだけではなく、妊娠、ひいては胎児にもよくない影響を与えかねません。
基本的にはアレルギーの妊婦の管理によく慣れたお医者さんと相談することが重要です。
まとめ
(1) 妊婦や胎児期対象としたコントロールスタディーか倫理的に不可能なi以上、経験的に得られた知識及び発生学の知識をもとに妊婦の管理はなされている。
奇形の発生は妊婦の管理側にとっては常に心配なものである。しかし、絶対過敏時期は別として、妊娠16週以降分娩までは、器官の分化は完了しており、奇形は起こり得ない。この時期問題になるとすれば薬の催奇形性ではなく、薬による胎児の機能障害であるとされている。
したがってアレルギー性疾患を持つ妊婦の管理者は、これらのことを踏まえ、妊婦が問題なく出産できるように、また胎児にも感作が起きないように、必要最低限の薬物治療を、妊娠の各時期に行うべきである。
(2) 妊婦の理想的な食生活については、まだ決定的なものは提示されていない。倫理的に非常にデータが取りにくいためである。この問題の難しい点は、妊婦自体の健康管理、そして胎児の感作の可能性を考慮した、バランスのとれた食生活を指導する必要があるからである。この点については、さらにデータの蓄積が必要といえよう。
表の出典:妊娠中の喘息管理のガイドライン,日本語版(Management of Asthma During Pregnancy)、翻訳、監修 井上洋西、1994 および2004年版。ライフサイエンス社、東京。
表1 妊娠と薬(喘息)
吸入ステロイド薬:基本的に使用可。
β2刺激薬:基本的に使用可。(早産防止にも使用されている>)
テオフィリン薬(積極的には勧められない。5-12μg/mlを維持する。)
ロオイコトリエン拮抗薬:妊娠前から使用していれば継続可。
クロモグリク酸吸入(インタール): 使用可。
経口ステロイド薬:重症の場合に考慮。
表2 妊娠と抗ヒスタミン薬(内服)。
1993年版にはクロルフェニラミン(ポララミン)は使用可であったが、今回の版では第二世代のロラタジン(クラリチン)、セチリジン(ジルテック)ガ使用可となっている。
表3 妊娠と外用点鼻薬
ステロイド点鼻薬:基本的に使用可。
(鼻閉に使用される血管収縮薬は第一選択とはならない。)
アレルギー疾患の各病気を説明していきます。