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VOL.4 初めての学会発表(ロンドン留学中)

 

 留学してちょうど1年後に、イギリスのアレルギー学会で成果を発表するチャンスを得ました。学会発表は日本では数多くやっていましたし、シンポジウムなどもやらしていた経験もいくつかありました。しかし今回はだいぶ様子が違いました。何と学会の案内状には一言、フリーハンドとという言葉がありました。仲間は何事も無いかのように、これは原稿を読まないで口演するんだと言いました。ということは8分間、何も見ないでしゃべるということなのです。信じられない! 異国の地で、挽回不可能な赤恥をかくかもしれない。そうなったらどの面下げて日本に帰れるんだ。パンダ先生、危機一髪! でも教授からやりなさいと言われたので、今更降りるわけにはいきません。
 
 指導医と2人で原稿作りました。といっても最初に書いた私の原稿はずたずたに直され、跡形もなく、原型すらとどめず、何とその人の発表原稿みたいになってしまいました。 A4 のダブルスペース、4-5枚です。6週前からその指導医と発表の練習を始めました。やり直しに次ぐやり直しでした。最初の2週間は1ページでアウト!でした。一時はどうなることかと、途方にくれましたが、4週目に入ると何とか全体の分量を、原稿を一切見ないで、つまり聴衆の方を見ながらしゃべることができるようになりました。
 
 びっくりはさらに続く
 
 学会の当日となりました、朝9時半の順番でしたので、もう6時ごろには起きて、ホテルの部屋で鏡を見ながらおさおさ怠り無く、練習しました。よしこれならいけるぞ、ということで会場に行きました。そしたら何とマイクがないのです!
 
 200人くらい入る階段教室の学会場で、マイク無しでしゃべるのです。4週間のトレーニングで、指導医からもっと大きな声でしゃべれとか、子音の発音もしっかり、とかさまざまのトレーニングを受けましたが、まさかマイク無しでしゃべると思いませんでした。確かにイギリス人は人前でしゃべるということを非常に大事にします。でもマイクなしとは、余りといえば、あんまりだ! でも4週間の涙の特訓の成果のため無事終了しました。
2年後日本に帰国後、アメリカのアレルギー学会に毎年、参加するようになりました。アメリカの学会は原稿を読んでも一向に差し支えないので、しゃべりやすいといつも感じていました。口演の後の質疑応答というのは1種の斬り合いのようなものです。相手が切り込んでくるその太刀筋を受け止めた、受け流したりしながら、こちらの主張をしっかりと発言します。どうもこちらが不利な時にはまず開口1番< I take your point.>と相手の質問はもっともですといって相手を持ち上げ、その後 <but,….> と自分の得意な方へ話を引っ張り込んで、自分の陣地で戦えばよいのです。要するに慣れてくると、なかなか面白いものです。
 
 でも、ちょっと残念なこともありました。
 
 それはうちの妻がロンドンでイギリス人と結婚している女性から、ウィンブルドンを見に行こうと誘われたのです。1982年ウィンブルドン大会のセミファイナル、センターコート、なんとマッケンローとコナーズ、前から3番目の席が3つあるからいきましょうということでした。
 
 なんとその日は今お話した初めての学会発表だったのです。せっかくのチャンスなのに!! 私は泣く泣くウィンブルドンをあきらめ、学会場で行ったのは言うまでもありません。うちの妻はその友人の方とウィンブルドンに行ったことは、いうまでもありません。
 
 さらに、妻は方向音痴のため、中で迷い、なんと選手控え室の方へ迷い込んでしまい、向こうから来るクリス エバート、 トレイシー オースチンと狭い廊下で、すれ違ってしまったというのです!! 学会から帰った私は、女房の撮った数枚の写真と、話に地団太を踏んで残念がったことはいうまでもありません。(了) 
  

2014/8/15

 
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